歌のデータ、読み下し、訓み、現代語訳は、奈良県立万葉文化館さんの「万葉百科」を参照させて頂いています。そのほかからの引用の場合は都度記します。
1)なゆたけ とをよる にフォーカス
この420番の歌は、石田王(いわたのおほきみ=忍壁皇子の子=平安時代初期の同名の方とは別)が"素晴らしいかただったのに亡くなられた"と丹生王(にふのおほきみ=石田王の奥さん、あるいは身内かと思われている方)が嘆く挽歌(長歌)です。古代の呪術的な記載などがあって長歌全体味わい深いのですが、ここでは、題詞のあとの歌冒頭の「なゆたけの とをよる」という二語について、読書感想文派の机上空論城城主が、読書感想文的に考察を行うものです。
番号 巻3-420
題詞 石田王 卒之時、丹生王 作歌一首〔并短歌〕
読下し 石田王の 卒りし時に、 丹生王の 作れる歌一首〔并せて短歌〕
私訓み いはたのおほきみの まかりしときに にふのおほきみの つくりしうた・・
〇石田王 〇丹生王
▶ 岩田王の父・忍壁皇子は天武天皇の子。石田王は天武の孫になるそうです。なので、持統朝の頃になるのか? 早逝されてしまわれたらしいのです。この岩田王と丹生王については、確かなところは分かっていないらしいです。ネットにある「多摩遊覧Ⅱ」さんの「石田王と妃皇女」にその辺りが述べられています。参考にさせていただきました。
本文 名湯竹乃 十縁皇子 狭丹頬相 吾大王者
読下し なゆ竹の とをよる皇子 さ丹つらふ わご大王は
訓み なゆたけの とをよるみこ さにつらふ わごおほきみは
百科訳 なよ竹のようにしなやかな皇子、 丹の頬も美しい わが大君は、
〇名湯竹 なゆたけ
▶ <Weblio古語辞典>「学研全訳古語辞典」の「なよ-たけ 【弱竹】」説明。 《 名詞 細くしなやかな若竹。「なよだけ」「なゆたけ」とも。 》
▶ <コトバンク>「精選版 日本国語大辞典」の説明。 《 なよ‐たけ【弱竹】〘 名詞 〙 ( 「なよだけ」とも ) 細くしなやかな竹。なよなよとした竹。若竹。なゆたけ。また、「めだけ(女竹)」の別名ともいう。[初出の実例]「名を三室戸斎部のあきたをよびてつけさす。あきた、なよ竹のかぐや姫とつけつ」(出典:竹取物語(9C末‐10C初)) 》
▶「角川古語辞典」の「なゆたけの」の説明。 《 [枕] なよ竹がたわむ意から「とをよる」にかかる。「—とをよる子ら(=シナヤカニ寄リ添ウアノ女性)は」(万・217)=なよたけの。 》
▶「なよなよ」は現代的には弱々しい意味合いだと思います。この語義説明は、現代人に向けてのものでしょうから、そういう現代的な感覚からすると「しなやか」と「なよなよ」が同居することに違和感あります。
しかし、手元の「角川古語辞典」で、副詞「なよなよ(-と)」を見ると、「柔らかに靡くさま」という語義で源氏・夕顔の用例が挙げられています。なので、中古時代時点で(のころまで)は「なよなよ」は「しなやか」と同義的な扱いの面もあったのかもしれません。
これについては、下の方で再度触れます。
▶ 「万葉百科」さんで「なゆたけ」検索すると、本歌3-420番しかヒットしません。 「なよたけ」で検索しても2-217番「奈用竹乃 騰遠依子等者〈なよたけの とをよるこらは〉=なよなよとした竹のようにしなやかな娘は」のみです。 しょっちゅう使われる表現ではなかったようです。というか希な表現だった?(ここの「万葉百科」さんの現代語訳でも「なよなよ」であってまた「しなやか」であるという訳にひっかかるのですが、下の方で改めて触れます)。
古語辞典の語義説明と、420、127の用例から、「なゆたけ」の「なゆ」は「しなやかさ」にウェイトがありそうだと感じられます。
でも、「なゆ」と聞くと「萎ゆ」「なえる」にも聞こえます。 どっち?
▶ <Weblio古語辞典>「学研全訳古語辞典」で「しなゆ」と「なゆ」の説明を見てみます。
2)しなゆ と なゆ
《 しな・ゆ 【萎ゆ】 自動詞ヤ行下二段活用 活用{え/え/ゆ/ゆる/ゆれ/えよ} しおれる。元気を失う。出典万葉集 一三一 「夏草の思ひしなえて偲(しの)ふらむ」[訳] ⇒いはみのうみ…。 》
《 な・ゆ 【萎ゆ】 自動詞ヤ行下二段活用 活用{え/え/ゆ/ゆる/ゆれ/えよ} ①力がなくなってぐったりする。なえる。 出典竹取物語 かぐや姫の昇天 「手に力もなくなりて、なえかかりたり」 [訳] 手に力もなくなって、ぐったりし物によりかかっていた。 ②衣服が着なれて柔らかになる。 出典枕草子 正月十よ日のほど 「袴(はかま)なえたれど、よき袿(うちぎ)着たる三、四人来て」 [訳] 袴は着なれて柔らかくなっているが、よい袿を着た(童女が)三、四人やって来て。 ③草木がしおれる。 》
「しなやか」要素はないようです。
▶ 「漢字辞典ONLINE」で「萎」を見ます。 《 「萎」の基本情報 /部首▷艸部(くさ・くさかんむり・そうこう) /画数▷11画(艸3+8) /音読み▷中学校で習う読み イ /訓読み▷中学校で習う読み な(える) /表外読み▷しお(れる) /表外読み▷しな(びる) /表外読み▷しぼ(む) /表外読み▷つか(れる) /意味▷なえる。しおれる。しなびる。しぼむ。かれる。:衰える。疲れる。ぐったりする。:なやむ。病む。 /種別▷常用漢字 / 名前に使える漢字 /漢字検定▷2級 /JIS水準▷第1水準 》
ここでも「萎(なえる)」は、「しなやか」さとは一線画してるかと思います。
▶<Weblio日中・中日辞典>「白水社 中国語辞典」の説明。 《 萎 ピンイン wēi (旧読) ⇒ wěi . ①付属形態素 (植物が)枯れる,生気を失う. ②(話し言葉では多く wēi )動詞 (商売・価格が)衰える,衰微する,低落する. 用例 前些日子,他们买卖很好,近来却萎了。=ちょっと前まで,彼らの商売はたいへんよかったが,最近は活気がなくなった. 花生的价钱 ・qian 萎下来了。〔+方補〕=ピーナッツの値段が下がってきた. 》
「萎」は漢語でも「しなやか」とは一線を画しているようです。おそらく①の枯れる、生気を失うがこの字の原義なんでせう。
中国語音はよくわかりませんが「ウェイ」というような音が、古代日本人には「イ」に聞こえたということなんでせうか。
▶ そういう「萎」の字を万葉時代人はどのように扱ったのか? 「万葉百科」で「萎」で検索してみます。現代語訳に「萎」の字が使われているのも含めて8首がヒットします。 現代語で「萎」を使っているのは現代人の判断ではあるのですが、逆に「萎」の意味合いを万葉人がどう表現したかということにもなると思うので、同系の用字例として併せて列記します。当該部分です。
02-0138番 「夏草乃 思志萎而〈なつくさの おもひしなへて〉=夏草のように思いしおれて」(人麻呂)【(A)しおれる系?】、
02-0196番 「夏草乃 念之萎而〈なつくさの おもひしなへて〉=夏の草のように悲しみにしおれ」(人麻呂)【(A)しおれる系?】、
03-0291番 「真木葉乃 之奈布 勢能山〈まきのはの しなふ せのやま〉=真木の葉も萎えている背の山を」(小田事)【(X)たわむ系?】、
06-0947番 「為間乃 海人之 塩焼衣乃 奈礼名者香〈すまの あまの しほやきぎぬの なれなばか〉須磨の漁師が塩を焼く際に着る衣のように萎える――慣れたならば」(山部赤人)【(B)馴れる系?】、
11-2622番 「志賀乃 白水郎之 塩焼衣 雖穢〈しかの あまの しほやききぬの なれぬれど〉=志賀の白水郎の塩焼の衣が萎(な)えるように馴れはしたが」(未詳)【(B)馴れる系?】、
14-3576番 「古奈宜我 波奈乎 伎奴尒 須里奈流留 麻尒末仁〈こなぎが はなを きぬに すりなるる まにまに〉=子水葱の花を衣に摺り染にして、衣が萎(な)えるにつれて、馴れつつ」(未詳)【(B)馴れる系?】、
15-3717番 「和伎毛故我 牟須妣思 比毛波 奈礼尒 家流香聞〈わぎもこが むすびし ひもは なれに けるかも〉=妻が結んだ紐はいつか萎(な)えてしまったことだ」(未詳)【(C)よれよれ系?】、
19-4282番 「梅花 之乎礼氐 宇都呂波牟 可母〈うめのはな ゆきに しほれて うつろはむ かも〉=梅の花は雪に萎れて散ってしまうでしょうか。」(石上宅嗣)【(A)しおれる系?】。
▶ あくまで空論城見立てでの話ですが、291番の「(X)たわむ系」をのぞけば、「萎」または「萎系」を表す歌では、A「しほれる」、B「なれる」、C「よれよれになる」の3種の意味が見て取れます。概ね「漢字辞典ONLINE」で確認した語義と重なるかと思います。
パリっと(あるいは、ごわごわと)した布が、着慣れて、肌になじむ。馴れすぎると、くたっと(よれよれ)して、草木がしおれた感じになる、といった実感は、今も万葉時代も変わりないようです。これらの感じは「しなやかさ」とはやはり違うものだと思います。
▶ 291番の歌は「岩波文庫」の説明によれば、 杉や檜などの立派な樹々の葉が「しなふ(之奈布)=しなる&旅人を思う」勢能山というところで、そういう樹々が自分を思ってくれることを「しのはず(之努波受)=思わず=愛でもせず」ただ越えてゆくが、そういう自分の気持ちは山の樹々はわかってくれているだろう、というような歌らしいです(「岩波文庫」によれば、「草木が人の心を理解する」という古代観念が1304番の歌などにもみられるそうです)。
「しなふ」は「しのふ(思ふ)」とも掛かっているようですが、「岩波文庫」さんは「しなふ」を「撓(たわ)みしなる」と「たわみ系」で訳されています。真っすぐな杉や檜の「真木」の葉ですから、いきなり「しおれる」意味は、歌意的にもおかしいだろうという見立てかと思います。異存はありません。
3)しなふ
▶<Weblio古語辞典>「学研全訳古語辞典」で「しなふ」を見てみます。
《 しな・ふ 【撓ふ】 自動詞ハ行四段活用 活用{は/ひ/ふ/ふ/へ/へ}
①しなやかにたわむ。美しい曲線を描く。 出典万葉集 二九一 「真木の葉のしなふ勢(せ)の山」 [訳] 真木の葉が美しい曲線を描く勢の山。
②逆らわずに従う。 出典平家物語 四・橋合戦 「水にしなうて渡せや渡せ」 [訳] 水に逆らわず従って渡れよ渡れ。◇「しなう」はウ音便。 》
▶ 古語「しなふ」は①の「たわみ」系「しなやか」系がありつつ、②の「逆らわずに従う」"弱さ"をも内包することばのようです。上の138番や196番の歌の「おもひしなへて」が①の「たわむ」「しなふ」系であるのであれば、杓子定規な言い方をすれば、「おもひしなえて」と訓んだほうがいいのかもしれません。ただ、②の併存がそこらへんの境界を曖昧にしているようでもあります。
本420番歌の「なゆたけの とをよる皇子」の「なゆ」というのは、①の義であることは間違いないでせう。しない、たわんでも力強さを失わず元にもどる柔軟さ、岩田王はそんなすばらしい人だったと言いたいのでせう。
4)たわむ
▶ 「たわむ」は<Weblio古語辞典>「学研全訳古語辞典」の説明によると、 《 たわ・む 【撓む】 [一]自動詞マ行四段活用 活用{ま/み/む/む/め/め}
①しなやかに曲がる。しなう。たわむ。 出典:源氏物語 若菜下 「枝もたわむばかり咲き乱れたり」 [訳] 枝もしなうほど咲き乱れている。
②屈する。弱気になる。 出典:万葉集 九三五 「手弱女(たわやめ)の思ひたわみて」[訳] か弱い女のように心が弱気になって。 [二]他動詞マ行下二段活用 活用{め/め/む/むる/むれ/めよ} しなやかに曲げる。 出典:宇治拾遺 二・一三 「背をたわめてちがひければ」 [訳] 背をしなやかに曲げて身をかわしたので。 》
「たわむ」も、「しなふ」と同様に、①"しなやかさ"と ②"よわさ"を内包しているようです。そして、①の意味が『源氏物語』からの用例ということは、②の用法が古く、①の用法があとからのものということなのでせうか?
これは、後述するのですが、実は万葉集に「たわむ」ということばは登場しません。①の用例が『源氏物語』であるのもそのためです。しかし、②の「たわやめ」は「たわ」が「たわむ」の「たわ」だということで説明されているわけですが、それが「万葉集」の用例であるように「たわ」のつくことばは、万葉集にいくつか登場します。
5)「しなふ」に当てた「撓」という漢字
▶「しなふ(現代音しなう)」は「撓」の漢字を使い、「撓ふ」と書いて「しなふ」と訓みますが、「撓む」と書いて「たわむ」とも訓むわけです。
「撓」を「漢字辞典ONLINE」で見てみると、 《 「撓」の基本情報 ▷部首:手部(て・てへん) ▷画数:15画(手3+12) ▷音読み :コウ トウ ドウ ▷訓読み :いた(める) くじ(ける) しおり しな(う) しわ(る) た(める) たわ(む) たわ(める) みだ(れる) ▷意味: たわめる。たわむ。しなう。まがる。弓なりに曲がる。/みだれる。みだす。かきみだす。/ためる。曲げて整形する。/くじける。くじく。勢いを断って弱らせる。また、勢いがそがれる。 /日本 しおり。松尾芭蕉の俳諧の根本理念の一つ。 ▷漢字検定:1級 ▷JIS水準:第2水準 》
音は、コウ、トウ、ドウ だそうです。しかし、これは日本語の漢字における音のようです。
▶「撓」を<Weblio古語辞典>「白水社 中国語辞典」で見てみると、 《 挠(撓) ピンイン náo
①動詞 (つめなどで)かく,ひっかく. 用例 狗挠地。〔+目〕=犬が地面をかく. 不能在客人面前随便挠痒痒 ・yang 。=お客の前でところ構わずかゆいところをかいてはならない. 猫把我的手挠破了。〔‘把’+目+挠+結補〕=猫が私の手をひっかいた. 自己挠不着 zháo ,你给我挠一挠。〔+可補〕=自分ではかけないから,私のためにかいてください. 被猫挠了一下儿。〔‘被’+名+挠+目(数量)〕=猫にひっかかれてしまった.
②付属形態素 (事態の順調な進行を)かき乱す,妨げる,じゃまをする.⇒阻挠 zǔnáo .
③付属形態素 曲がる,たわむ,(比喩的に)しりごみする.⇒不屈不挠 bù qū bù náo ,百折不挠 bǎi zhé bù náo .》
▶ 音は、「náo」で、実際の中国語音など分からないのですが、日本で音読みしているコウ、トウ、ドウとはだいぶ距離がありそうです。「しなう」の「なう」とこの「nao」。なんか関係あるのでせうか?
▶「不撓不屈」の「撓」が ③番手になっているのは、「曲がる」「たわむ」の意味が今日では古い使い方になっているっていうことなんでせうか? よくわかりませんが。
▶「撓」の字は古くからそういう意味なのかどうか。
「漢籍全文資料庫」で「撓」を検索すると多数ヒットしますが、例えば「漢書 / 列傳 凡七十卷 / 卷九十 酷吏傳第六十 / 周陽由 ..[底本:王先謙漢書補注本] 段4341「 ...脩謹,然由居二千石中最為暴酷驕恣。所愛者,撓法活之;所憎者,曲法滅之。[三]師古曰:...・・・法活之;所憎者,曲法滅之。[三]師古曰:「撓亦屈曲也,音女教反。」所居郡,必夷其豪。... 」という条り。
周陽由(しゅうよう ゆう)という酷吏(残虐な役人)がいたそうで、二千石の高官であった者の中ではもっとも暴虐でわがままをし尽くし、愛でる者は法を撓めて之を活かし、憎む者は法を曲げて之を滅ぼした。ということのようです。
▶ 漢書の注釈者である顔師古さんが「撓はまた屈曲なり」と言っています(ここでの「また」は「別義で」という意味ではなく「つまり」とか「すなはち」の意味かと思います)。「撓」に古くから曲げる、撓める意味があったのは間違いないようです。
そして、その音は "「女」の音の最初の子音部分と「教」の音の後半とを合わせた音だ" と言っているようなんですが、<Weblio日中・中日辞典>で「女」は「ピンインnǚ」、「教」は「ピンインjiāo ⇒ [異読音] jiào」ということなので「n」+「ao」で「nao」になるのでせう。繰り返しますが、確かな中国語音の知識で語っているわけではありません。
古代からの音韻変化とかも一切わかりませんし、確かな言語知識に基づく考察ではないということ、その辺は何卒、ゆるく暖かく見守って頂きたいのですが、結果的に「白水社 中国語辞典」説明の「náo」に近い音にたどり着いたようなんではあります。
▶ なので「撓」は「トウ」ではなく「ヌアオ」だったようで(定かではありませんよ)、この「ヌアオ」に「しなう」「なゆ」「なよ」の音が近いのはなにか関係(借用語的な?)はあるのでせうか? まあ、こっから先は、机上空論城城主には手の負えない世界になってしまいます。
6)「しなふ」は両義的?
▶ 「しなゆ(萎)」と「しなふ(撓)」は、現代の感覚からすると別義のことばだという見方で話を進めているわけですが、「しなふ」側には、どうもその境界が曖昧な面を内包してるようです。
これは、両者の混同なのかどうか。「nao」由来の継承なのかどうか? 時間の経過の問題なのか、さだかではありません。
▶ そして、古代日本人の耳には「ヌアオ」は「ッアオ」みたいに聞こえてやがて「タオ」「トウ」と聞きなされていったということなのでせうか(妄想の屋上屋を架しておりますが)。でも、それはさすがに無理がある気がします。既にあった「トウ」系のヤマトことばが「撓」の語義により結びつけられたのだろうとは思うのです(次回述べますが、「とを」「とをを」系のことばは「万葉集」に少なくないからです)が、まったく定かではありません。
▶ それでです、次の句の「十縁」〈とをよる〉というのは、そうか「撓寄る」なんだ!と気づくわけであります。「なゆ(よ)竹」が「とをよる」の枕詞だというのが、そういうつながりなんだと気づくわけであります。
『大陸じゃ「な」音かもしれないけど、ヤマトじゃ「と」音だよ』みたいなことば遊び?(⇦これ完全にフライング妄想です)。
7)「とをよる」にさらなるヒントがあるか?
〇十縁 とをよる
▶ <Weblio古語辞典>「学研全訳古語辞典」の説明。 《 とを-よ・る 【撓寄る】 自動詞ラ行四段活用 活用{ら/り/る/る/れ/れ} しなやかにたわむ。 出典万葉集 二一七 「秋山の(=枕詞(まくらことば))したへる妹(いも)なよ竹の(=枕詞)とをよる子らは」 [訳] 赤く色づいた(ように美しい)あの娘、なよ竹のようにしなやかなあの少女は。 》
続けて「万葉集」で「撓」系のことばがどう扱われているか? 見たいのですが、長くなりすぎるので、次回へ。